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奈良地方裁判所 平成5年(ワ)85号 判決

奈良県〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

本多久美子

馬場勝也

中村明子

小倉真樹

藤井茂久

東京都千代田区〈以下省略〉

被告

東京証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

奥村正道

主文

一  被告は、原告に対し金二一四万一三七九円及び内金一九四万一三七九円に対する平成二年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三一八万三三九九円及び内金二七七万三三九九円に対する平成二年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告従業員の違法な勧誘により、ワラントの買付けをした結果、購入金額全額の損害が生じたと主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償として、ワラント購入代金二七七万三三九九円と弁護士費用四一万円との合計三一八万三三九九円及び内金二七七万三三九九円に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

【当事者間に争いのない事実】

被告は、証券業を営む株式会社であり、平成二年一月当時、B(以下「B」という。)は、被告大阪支店の従業員であった。

原告は、Bから勧誘を受けて、平成二年一月一一日、左記の外貨建てのワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入した。

銘柄 オムロンワラント(B)

通貨単位 USドル

額面 五〇〇〇

数量 一〇枚

権利行使期限 一九九三年(平成五年)六月一五日

代金 二七七万三三九九円

【争点】

本件の争点は、Bの勧誘行為が債務不履行ないし不法行為に該当するか否か、またBに委任契約上の債務不履行があったか否かである。

(原告の主張)

一 大蔵省証券局長から日本証券業協会会長宛ての昭和四九年一二月二日付け蔵証二二一一の通牒は、「投資者に対する役割勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期すること。」と定めている。

これがいわゆる適合性の原則である。

原告は、原資が退職金であったから、安全かつ堅実な資金運用を望んでいたのであるから、Bがこのような顧客に危険の多いワラントを購入させたのは、適合性の原則に違反する。

また、その際、Bは、原告に対し、ワラントの仕組みやその危険性についての説明を全くしなかった。

二 証券取引法五〇条一項三号は、「有価証券の売買取引若しくはその受託又は有価証券指数等先物取引の受託につき、顧客の個別の取引ごとの同意を得ないで、売買の別、銘柄、数又は価格について定めることができることを内容とする契約を締結する行為」(いわゆる売買一任勘定取引)を禁止している。

原告は、Bから、平成元年九月二〇日、「今後何を買うかについては、私に任せてほしい。」旨の申し出を受け、これを承諾した。しかし、その委任の趣旨は、あくまでも「安全有利」な商品の売買であった。ところが、Bが購入した本件ワラントは、ハイリスク・ハイリターンの商品であり、しかも行使期限が過ぎると価値がゼロになってしまうという特異な性質をもったものであった。

したがって、被告は、右委任契約の債務不履行による損害賠償責任を負う。

(被告の反論)

一1 原告が本件ワラントの取引を行なった平成二年当時には、新聞雑誌等の各種媒体によって、ワラントの性質は一般によく知られていた。

2 被告は、原告に対し、本件ワラントの取引に際しては、ワラントの説明をしたパンフレットを交付し、原告は、「私は貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行ないます」との文言の記載された確認書に署名捺印して被告に差し入れている。

3 被告は、原告のみならず、すべてのワラント購入客に対し、権利行使期限の一年三か月前に「新株引受権証券(ワラント)-お預り残高明細」を六か月前と三か月前に「新株引受権証券(ワラント)-権利行使期限のお知らせとお手続のお願い」と題する書面を送付し、その中に権利行使期限を過ぎると無価値となる旨明記している。

二 原告とBの関係は、顧客と担当者という域を出ず、両者の間に売買一任取引は存在しなかった。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲A一一、乙一、八、一三、証人B(第一回))及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

1  昭和五六年の商法改正によって発行が認められた新株引受権付社債の別名をワラント債という。ワラント債のうちで、社債と新株引受権とが分離可能な形で発行される場合(分離型)、分離された新株引受権のみを表章する新株引受権証券が、ワラントである。

2  ワラントは、発行会社の新株を一定の価格(行使価格)で買い取る権利を表章した証券である。

ワラントにおいては、行使価格と新株引受権の行使期限は、発行時に予め決められている。発行後の株価の変動によって、ワラントの流通価格も大きく変動するが、ワラントが株価に対して割安になった時をとらえてワラントを購入して権利行使すれば、市場より低コストで株式を取得することができる。その結果、株価が値上がりすれば、ワラントの流通価格は株価の値動き以上の動きを繰り返すと言われ、株式投資より少ない資金で株式投資と同じ値上がり益を狙える「ハイリターン」がワラント投資の最大の魅力とされている。

しかし、その反面、株価が値下がりしたときは、ワラントの流通価格は、株価の値下がり幅以上の激しい下落をする。しかも、行使期限が経過すれば、ワラントは何の価値もなくなる。

したがって、ワラントは、「ハイリスク・ハイリターン」の金融商品である。

3  ワラントの場合、株価が下落して回復しないときや権利行使期限を経過したときには、ワラント自体が無価値となり、投資全額を失うことになる。

二  一般に、証券取引は不確定な要素を含む情報に依拠し、予測困難な将来の株価の値動き等を見込んで行なわれるものであるから、常に投資家の損害の危険を伴う取引であり、基本的には、投資家自身の自らの判断と責任において行なうべき性質のものである。

しかしながら、ワラントは、前記のような特質を有する金融商品であるから、証券会社又はその従業員は、社会的に相当性を欠く手段によって顧客をワラント取引へ勧誘することを回避すべき義務があるというべきであり、社会的相当性を欠くか否かは、当該取引の危険性、当該投資家の投資経験、判断能力、資産状態等を考慮して判断すべきである。

そして、顧客が、証券会社又はその従業員から、社会的に相当性を欠くような違法な投資勧誘に応じて取引を行った結果、損害を受けた場合には、証券会社は不法行為による損害賠償の責任を免れない。

以下、この観点から、本件について検討を加える。

三  前記争いのない事実に、証拠(甲B一ないし七、一一ないし一四、乙一ないし三、四の1ないし3、五の1ないし11、六の1ないし6、一〇ないし一二、一七ないし二〇、証人B(第一、二回)、原告本人)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、旧制の高等専門学校を卒業し、昭和一六年四月にKDDに就職して技術関係の仕事に従事していたが、昭和六二年三月に停年退職をした。退職時の役職は、大阪施設局の総合管理次長であり、退職金は約五〇〇〇万円であった。

Bは、昭和五七年四月に被告に入社し、被告大阪支店に昭和六二年九月から平成三年九月まで勤務した。

2  原告と被告との取引は、昭和五九年五月九日から開始され、原告は、被告の大阪支店を通じて、中国ファンド、投資信託、転換社債等の売買をしていた。大阪支店の原告の担当は、昭和六二年九月ころ、CからBに変わった。

3  原告は、平成元年七月三一日からは、妻D「以下「D」という。)名義でも取引を行うようになり、主として投資信託や転換社債の売買を行っており、平成元年一一月三〇日には、D名義の外国証券取引口座設定約諾書(乙三)を被告に差し入れ、同年一二月一日、イギリスの証券会社の投資信託であるバークレイズグローバルF三〇六〇口を購入した。

4  その後、原告は、電話でBから勧められて、平成二年一月一一日、右バークレイズグローバルFの売却資金で、本件ワラント及びドイツファンドを購入した。原告がワラントの取引をしたのは、これが初めてであった。

被告は、同日、原告に対し、「外貨建てワラント、その魅力とポイント」というタイトルの付いた外貨建てワラントの説明書(乙一、以下「本件パンフレット」という。)を発送した。右説明書には「ワラント取引に関する確認書」の用紙が綴じこまれており、ワラントの取引をしようとする顧客は、これに署名捺印して被告に返送することになっていた。

しかし、原告から右確認書が返送されなかったので、被告は、平成二年一月二二日ころ、右確認書の用紙(乙二)を送付して原告に返送を依頼した(甲B七)。

原告は、被告に対し、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」との記載のある平成二年一月一一日付けのD名義の「ワラント取引に関する確認書」(乙二)を差し入れた。

5  被告は、原告に対し、平成四年五月二六日付け(甲B四)、同年一二月一八日付け(甲B五)及び平成五年三月一五日付け(甲B六)の本件ワラントの預り残高明細を送付した。右各明細書には、権利行使期限が終了したときは、新株引受けの権利が消滅し価値を失う旨の注意書きがしてあった。

6  本件ワラントは、その後、株価が権利行使価格を割り込んだまま権利行使期限である平成五年六月一五日を経過したため、経済的に無価値なものとなり、原告は、購入価格二七七万三三九九円の損害を受けた。

なお、原告は、被告から本件パンフレットの交付を受けていないと供述するが、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」との記載のある前記確認書(乙三)に原告自ら署名捺印しているところ、もし当時本件パンフレットが原告の手元になかったのであれば、被告に照会し、その送付を要請して然るべきであるのに、原告が何もしなかった(原告尋問調書四〇丁)のは不自然であり、原告の前記供述は採用できない。

四  右1ないし6の各事実を前提に、以下検討を加える。

証人Bは、原告に対し本件ワラントの購入を勧誘するに際しては、電話で約二〇分間、前記バークレイズグローバルの売却並びに本件ワラント及びドイツファンドの購入について説明をしたと供述する。

これに対し、原告は、Bからワラントの内容についての説明は受けていない、被告から送付を受けた取引明細書(甲B三)で初めて本件ワラントを購入したことが分かったが、「償還日」の記載があったので、ワラントがそれ程危険なものであるとは考えていなかった旨の供述をする。

そこで、検討するに、Bからワラントについて全く説明を受けなかったという原告の前記供述部分はにわかに採用し難いが、前記認定のとおり、平成二年一月一一日の当日には、本件パンフレットは原告の手元になく、Bが約二〇分の電話による会話の中で、前記バークレイズグローバルの売却及びドイツファンドの買付けについて話をしたほかにワラントの説明を行ったとしても、その内容は概括的なものにとどまるものと推認されるところであり、原告はこれまで投資信託や社債を中心に取引を行っており、ワラントの取引は未経験であったこと、投資信託とワラントとでは著しくその性質が異なることを考慮すると、Bのこのような説明では極めて不十分であり、Bとしては、原告と面談し本件パンフレットを示すなどしてワラントのしくみやその危険性について適切な説明を行うべきであったといえる。

そうすると、Bは、証券会社である被告の従業員として、社会的に相当性を欠くような手段で被告に対し投資勧誘を行ったと認めざるを得ない。

しかしながら、原告の前記認定の経歴や証券取引の経験を考慮すれば、ワラントの仕組について自ら研究することは可能であったということができ、被告従業員から勧誘されるまま安易に取引に応じたのは、原告にもその損害の発生について過失があるというべきであり、Bの勧誘行為の態様、原告の経歴、証券取引の経験の程度その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、過失相殺として、損害額の三割を減ずるのが相当である。

以上によれば、原告が本件ワラントの購入により購入代金二七七万三三九九円の損害を受けたことは前記認定のとおりであるから、これから三割を減じた一九四万一三七九円につき被告の賠償義務を認めるべきである。そして、弁護士費用は、本件の事案、認容額等を考慮すると、二〇万円を認めるのが相当である。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、二一四万一三七九円及び内金一九四万一三七九円に対する不法行為の後である平成二年一月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上哲男)

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